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船でしか行けない離島シリーズ 〜祝島(いわいしま)〜「万葉集に名前が載ってる島に、まだたどり着けていない」
2026年5月20日 16:16

地図帳で山口県の南端あたりに離島がないか調べていたら、周防灘の真ん中に、ぽつんと浮かぶ小さな島を見つけた。

祝島(いわいしま)。
読み方が「いわいしま」。めでたい感じ縁起がいい。そういう名前の島が、瀬戸内の果てにある。
調べてみると万葉集に載っているらしい。
万葉集に登場する島、って何?
祝島の名前は、日本最古の歌集である「万葉集」にも登場する。つまり奈良時代の人たちも、この島の名前を歌に詠んでいた。それだけで、もう只者じゃない雰囲気がある。
古くから行き交う船の航行の安全を守る「神霊の鎮まり給う島」として崇められてきた島だという。今でいうパワースポットとか、そういう言葉では追いつかないくらいの、土台にある重さがある。
地形がそもそもクセ強
島の周囲は12km、面積は7.67平方キロメートル。海岸線付近は急峻な傾斜地が多いものの、島の中央部はなだらかで全域が台地状の丘陵地帯となっており、遠くから見るとスープ皿を伏せたような地形となっている。
スープ皿を伏せたような、という表現が好きだ。ぺたっとした台地が、そのまま海に突き出している。さらに、島を東側の対岸・上関町四代上空からみるとハート型にみえるらしい。空から見たらハート型の島。いつか行ってみたい。
その昔は”岩井島”といわれていたというほどに、島は岩だらけで平地が少なく、湧水・天水から確保できる真水も限られており、また台風が島の北東に位置する集落を直撃することも頻繁 だったという。決して暮らしやすい環境ではなかった。それでも人々は棚田を築き、海に出て、昭和30年代には人口3000人を超える発展を遂げた。
今は人口が激減して高齢化も深刻だけれど、それでもこの島は生きている。

石積みの路地を歩いたら、時間の感覚がなくなりそう
島内には、石積みの塀で囲まれた家が多くあり、その狭く入り組んだ路地とともに独特の情緒を醸し出している。
写真で見るだけでも、息を呑む。白い漆喰じゃなくて、積み上げた石の壁。海から吹く風を受けながら、石と石のすき間の路地を歩く。観光地化された「昔の街並み」じゃなくて、生活の必要から生まれた石積みが、そのまま残っている。

千年続く神舞神事、という重さ
4年に1度、8月中旬から5日間にわたって行われる神舞神事は、千年以上も続く島の歴史を伝える行事だ。
大分県国東半島の伊美別宮社から神職たちが祝島を訪れ、33種類の神楽舞が奉納される。「祝島の神舞神事」は山口県の無形民俗文化財に指定されている。 (
千年。日本が平安時代のころから続いている祭り。それが今でも行われている。そしてその年は、神事が催される日は観光客や里帰りした人々で島が傾くほどのにぎわいをみせるという。島が傾くほど、という言葉が好きだ。

びわと、釣りと、スナメリと
祝島の特産品は、びわだ。急斜面の棚田跡を使って栽培される、県内でもめったに目にすることのできない祝島のびわは、島の名産品になっている。
そして海のポテンシャルがとにかくすごい。周防灘は瀬戸内海全体でも比較的魚介類が多い海域で、祝島・長島近海は環境破壊が進む瀬戸内海の中でも比較的自然環境が残っているとされる。 アジングの聖地として釣り人たちにも知られていて、遠方からも多くの釣り師が訪れる。
さらに、スナメリ(イルカの一種)の安定した生息が確認されている数少ない海域のひとつでもある。

行き方
柳井港からフェリーでおよそ70分、室津港からおよそ40分で祝島に到着する。室津に無料駐車場があることもあり、多くの人は室津から乗ってくる印象とのこと。
定期船は1日3便ほど。日帰りも可能だけど、泊まってゆっくりしたい島だと思う。石積みの路地は、夜に歩いたらさらに別世界だろうから。
まだ行っていない。地図の上でしか知らない。でも、こういう島がある、ということを知っているだけで、なんだか少し豊かな気持ちになる。
いつか、定期船に乗る日が来るといい。時間を確保して行きたい。

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